VOL .31

笑顔の一部

「津田海香子です。今日からよろしくお願いします」

 何とか自己紹介できた。本当はもっと熱い気持ちを伝えるつもりだったの。でも、あこがれの手袋職人、藍子さんを目の前にするとこれだけしか言えなかった。緊張のあまりに、お腹もちょっと痛い。

「こちらこそ。何でも聞いてね」

 藍子さんの言葉も短かったけれど、やさしい笑顔に心が緩む。

 こうして私の手袋職人修行は始まった。

「私が入社したのは、海香子ちゃんよりももう少し若かったかな」

「そうなんですか?」

「中学を卒業してすぐだったからね」

 藍子さんは、私の指導をしながらも時々自分のことも話してくれる。

「私はこれしか、縫うことしかできないのよ」

 そう言って笑うけれど、始めてから数週間の私にでも、50年以上つづけることの大変さは少しはわかる。それに、「これしか」なんて、とんでもない。もし私がずっとつづけられたとしても、藍子さんの技術が身に付くかどうか……。

「私も先輩の職人さんに教えてもらってできるようになったのよ。ゆっくりでいいからね」

 職場の雰囲気はいつも和やか。でも、私は焦るばかりだった。

 リストマフラーは、基本的にはまっすぐにミシンをかけるだけの作業でできる。だから、手袋職人の登竜門的な商品だ。それでも藍子さんが縫ったのと私のとではどこか違うと思うのは、どうしてだろう。早く上手になりたいと、気持ちばかりが先走る。

「このローズピンクの手袋とスカイブルーのリストマフラーのコーディネイトも、なかなかいいよね」

 休み時間、ぼんやりしていると、生地の裁断をしている幸一さんが話しかけてくれた。この道40年という男性で、もう一人のあこがれの先輩だ。

 テーブルに置かれた手袋とリストマフラーの色の合わせ方は、確かにかわいいと思った。この2つは、どちらもお客さんがいっしょに注文してくれたもので、こちらから提案した組み合わせではない。

「お客さんも含めて、みんなで商品ができあがってる気がするね」

 幸一さんの言葉に、ハッとした。私はこれまで、自分の上達のことしか考えていなかったかもしれない。幸一さんの裁断があって、藍子さんの技術があって、他にもたくさんの細かい工程を経てやっと出来上がるんだ。私が縫っているリストマフラーだってそう。お客さんの笑顔の一部になれるんだ。

「私、がんばります」

幸一さんは何も言わずに大きく一つ、うなずいてくれた。

「佩」とは

佩(ハク)とは、江本手袋が「喜び合える手袋づくり」を目指して取り組む手袋ブランドです。

職人を守り育て、地域の手袋づくり文化を未来へと受け継いでいくために、扱う素材、デザインの考え方、色展開、つくる量、手袋職人の社会的地位、そして地域との関係性など、これまでの手袋づくりの全てを見直しました。

江本手袋に勤める65歳の職人は、中学卒業からずっと手袋を作り続けています。

佩は、このような本物の職人たちの手仕事をお届けします。

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