VOL .33

いつも手元に

祥吾とは大学に入ってすぐ付き合いだしたので、もう4年になる。恋人であり、大親友っていう言葉が私達にはぴったりだった。仲直りできるって確信がお互いあったから、大喧嘩だってできた。言いたいことは、何でも話してきたと思う。

 大学を卒業しても、一日に一回は連絡を取り合って、週に一度はデートして……いつまでもこんな日々がつづくものと信じてた。でもまさか、彼が就職で遠くへ行ってしまうなんて。会おうと思えばいつでも会える距離にいたのに、これからやっていけるのかな。

「里沙、これ、香川のお土産」

 祥吾が大阪を離れる前日、いつも待ち合わせするカフェで渡されたのは、リストマフラーという両手首に着けるものだった。私の好きな、赤。

「親父とツーリングしてきたんだ。親孝行のつもりでついて行ったのにさ、手袋屋でマフラー買ってもらった」

 見たことないのをしているなと思ったら、お父さんにもらったものだったんだ。童顔の彼の顔が、いつもより大人っぽく見える。

「香川って、手袋が有名なの?」

 お土産は私もマフラーがよかったなぁ、なんて思いながらリストマフラーを付けてみた。

130年の歴史があるとか聞いたよ」

「そうなんだ……あっ」

「どうした?」

「これ、すっごく手触りいいね。それにあったかい」

「まだ10代の若い職人さんが修行しててさ、俺も頑張ろうって思った」

 そう言った祥吾の視線は、私を通り越し、これから広がる彼の未来に向かっていた。

 寂しいな。行ってほしくない。

いつもなら何でも言えるのに、声には出せなかった。だって、ずっと入りたいって言ってた会社に就職できたんだよ。恋人の私が困らせるわけにはいかない。

「これ、大事にするね」

 飲みかけの紅茶をのぞき込み、自分の顔を見つめる。私、笑えてるかな。応援できてるかな。不安でしかたなかった。

 その日から、私は毎日のようにリストマフラーを着けた。もう季節は春も終わりだけれど、ジンと冷える日がつづいたこともあって、自分の部屋でも手放さなかった。

 思えばもらったのがリストマフラーでよかったと思う。マフラーよりも、気軽に室内で着けられるし、何よりいつでも目に入る。ずっといっしょだった大学時代の彼みたいに。

3年後ぐらいには、大阪に戻れるらしいよ」

 遠距離になって1か月後、祥吾はスマホのディスプレイ越しにそう言った。あれ、ちょっと顔が丸くなった気がするんだけど、おいしいものでも食べてるのかな?

「えっ、3年もそっちなの?」

 ほんとはずっと行ったままだと思ってたから、嬉しくて嬉しくて、でもそれを悟られたくなくて、両手で顔を隠す。

「これの洗い替え、ほしいんだけどなぁ」

「はいはい、わかったよ」

 苦笑いする祥吾。私はそっと、手元の赤に頬を寄せた。

「佩」とは

佩(ハク)とは、江本手袋が「喜び合える手袋づくり」を目指して取り組む手袋ブランドです。

職人を守り育て、地域の手袋づくり文化を未来へと受け継いでいくために、扱う素材、デザインの考え方、色展開、つくる量、手袋職人の社会的地位、そして地域との関係性など、これまでの手袋づくりの全てを見直しました。

江本手袋に勤める65歳の職人は、中学卒業からずっと手袋を作り続けています。

佩は、このような本物の職人たちの手仕事をお届けします。

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