アイスクリーム
この春から社会人になった長男の祥吾が、うちに帰ってきた。
「せっかくこっちに帰ってきたのに、誰かに会ったりしなくていいの?」
帰省期間は、たったの4日。初日と最終日は移動にとられるので、ゆっくりできるのは実質2日と言ったところだ。
「明日、里沙と会うし」
里沙ちゃんというのは、祥吾が長く付き合っている彼女だ。遠距離恋愛になったのだから、2日とも会うのかと思っていたのに、さっぱりしてるもんだな。
外は、災害級とも言われるほどの猛暑だ。それもあってか、祥吾は朝からソファを一歩も動かない。
「社会人になってから、やっと『休み』の意味がわかるようになったよ」
「どういうこと?」
「体を休める日ってこと」
「それでも貴重な休みなんだから、遊ばなきゃもったいないよ」
祥吾の妹、まだ高校生の真帆はそう言って、冷蔵庫からアイスを取り出した。
「真帆、オレにもちょうだい」
「私のが最後の一本だったー」
祥吾のあからさまなため息が聞こえる。
もしかして、仕事がうまくいってないんだろうか。いろいろと聞いても煙たがられるだけなので、そっとしておきたいけれど、それでも気になるのが親心。
祥吾は何も言わないけれど、明らかに疲れている。
まぁ無理もない。これまでずっと実家暮らしだったんだから、一人で生活するだけでも大変なはずだ。
「お母さん、出かけてくる」
「この一番暑い時間に?」
「ちょっと急ぎでね、そこのコンビニだからすぐ帰るよ」
いつの間にかアイスを食べ終えていた真帆は、最近せがまれてネットで買ったサンダルをはいて出て行った。
さて、私は洗濯機でも回そうか。やっぱり人が増えると、その分洗濯物は増える。おまけに祥吾は「しそびれた」とか言って、数日分のワイシャツまで持って帰ってきた。
「洗濯洗剤って、いろんなものがあるんだな」
振り向くと、いつの間にか祥吾がいた。
「あんた、もしかして一種類しか持ってないなんてこと、ないよね?」
「一応、柔軟剤はある」
オシャレ着用のものとか、ないんだろうなと思ったけれど口には出さないでおいた。
「これは、何?」
「それはね、手袋専用の洗剤。そういうのがあるとね、もっと物を大事にしようって気持ちになれるのよ」
「そういうもん?」
「そういうもんよ」
帰省して初めて、祥吾のホッとしたような顔を見た気がする。
何も話してくれなくても、たまにこんな表情を見せてくれたら、いいか。
「ただいま」
玄関から、真帆の声。もう帰ってきた。
「お兄ちゃん、これ。これ食べて、あっち戻ってからも頑張れ」
そう言って祥吾の手に押しつけたのは、アイスだった。
「わざわざ買いにいってくれたの? おまえ、いいやつだな……」
パッと笑顔になった祥吾を見て、真帆は得意げな顔をした。親の出る幕なんて、もうないのかもしれないなぁ。
でも、洗濯ぐらいはいくらでも引き受けよう。
うなりを上げる洗濯機に私の寂しさをそっと隠しつつ、子ども達の成長を誇らしくも思った。