VOL .11

お父さんの横顔

そろそろ、お返事をしなければならない。

 先日、私は手袋屋さんの研修に参加させてもらった。高校の先生に勧められるままに決まった研修先で、短期間だったけど、学校と家の往復しかしていなかった私にはとても新鮮で、何より楽しかった。

「春から手袋職人の見習いとして、働きませんか」

 まさか社長さんにこんなことを言ってもらえるなんて、今でも夢みたい。でも、私でいいのかな。ミシンで縫ったりと、細かいことをするのは好きだけど、それが仕事となるとやっていける気がしなかった。

「海香子、ぼんやりしてどうした?」

 お父さんの声に、ハッとして顔を上げる。手元の茶碗から立ち昇る、サツマイモの炊き込みご飯のいい香りを胸いっぱいに吸い込むと、再び食欲がわいてきた。

「これからどうしようかなって考えてたの」

「晩ごはんを食べたら、久しぶりに映画でも見ないか?」

「えっと……、そうだね」

 その「これから」じゃないんだけど。

 うちのお父さんは仕事が忙しいので、なかなかいっしょに食事できない。けれど、たまに早く帰ってきた時には、決まってこうして誘われる。

「またアクション映画?」

「いいのがあるんだ」

 食べ終わった私は、いったん自分の部屋に戻って、手袋屋さんの研修で作ったリストマフラーをつけた。最近、夜はほんとに冷え込むから、じっと座るような時にあると安心なんだよね。

「それ、きれいな色だな」

 映画が始まって半時間。普段なら、お父さんは映画を見ている最中にしゃべることなんてないのに。

「好きな色を選んでいいって言ってもらったから、ラベンダーにしたの」

「そうか」

 テレビ画面いっぱいに繰り広げられる非日常を眺めていても、「お返事」のことが頭から離れない。やっぱり、自信がない。でも、ベテランの職人さんみたいに、きれいな手袋が作れたらかっこいいだろうなぁ。それに、自分の作った手袋を大切な人達が使ってくれたら、きっと幸せな気持ちになれる。

「お父さん、私、手袋職人になりたい」

 お父さんはチラリとこちらを見て、目を細めた。

「そうか」

「才能ないかもしれないけどね」

 お父さんは、ゆっくりテレビに視線を戻す。

「でも、海香子はなりたいんだろ? 何かを決められるのも、一つの才能だと思うぞ」

 おもしろいシーンでもないのに、横顔は笑ってた。

「何かを決めるだけで才能になるなら、みんな持ってるよ」

 私にこれと言って得意なものがないのはお父さんも知ってるから、慰めてくれてるんだろうけどさ。無理にフォローしなくたっていいのに。

「いや、立派な才能だよ。一つ一つ決めていくうちに、きっと自分の知らない自分に出会えるよ」

 お父さんは、それ以上は何も話さなかった。ただ、映画を見ながらニコニコしていた。

 うん、やってみよう。

 私はリストマフラーをつけた拳を、ぎゅっと握りしめた。

「佩」とは

佩(ハク)とは、江本手袋が「喜び合える手袋づくり」を目指して取り組む手袋ブランドです。

職人を守り育て、地域の手袋づくり文化を未来へと受け継いでいくために、扱う素材、デザインの考え方、色展開、つくる量、手袋職人の社会的地位、そして地域との関係性など、これまでの手袋づくりの全てを見直しました。

江本手袋に勤める65歳の職人は、中学卒業からずっと手袋を作り続けています。

佩は、このような本物の職人たちの手仕事をお届けします。

佩はこちら →

他のストーリーを読む

VOL .14

物語が生まれる

VOL .25

引田ひなまつり

VOL .0

はじめに