VOL .19

マイペース

大学生最後のお正月。私にとって、たぶん人生で一番優雅な年始だ。

 卒論もだいたいできているし、春からの就職先も決まってる。授業ももうほとんどないし、アルバイトもしていないので自由そのもの。

 でも、自由って暇なのよね。

ってことで、私は今、東かがわ市の祖母の家に泊まりに来ている。

 数年前までは毎年のように来て、釣りをしたり温泉に入ったり、しろとり動物園で動物とたわむれたりしたけど、大学に入ってからは一度も来ていなかった。

「里沙ちゃん、何年も来ないと思ったら、今回はずいぶんと泊まってくのねぇ」

 おばあちゃんの嫌味ともとれる言葉に、ふんと鼻を鳴らす私。

「おばあちゃんが寂しがると思ってね」

 こんなやりとりができるのは、この数年会うことはほどんどなかったものの、電話をしたりして連絡はよくとっていたからだ。私達は、会わないからって心の距離が遠くなることはない、と私は思ってる。

「ほんとに寂しかったよ」

 おばあちゃんはそう言って歯を見せて笑ったけれど、本心かもしれない。

 こっちに来て、もう一週間経った。確かに例年でも三泊までだったから、こんなに泊まるのは初めてだ。そして、たぶん最後になるだろう。社会人になったら、まとまった休みは取りにくいって言うし。

 鳩時計を見ると、まだ三時。

「ちょっと散歩してくる」

「どこ行くの?」

 おばあちゃんがテレビを見ていた目をこっちに向けた。

「わかんないけど、海かな」

「それじゃあ……」

 サッと立ち上がり、たんすから何やら取り出した。

「これ、今日も寒いから」

 それは、グレーのネックフォーマーだった。

「近所の手袋屋さんで買ったんだけどね、あったかいから、ほら」

 半ば強引に頭のてっぺんからネックフォーマーをかぶせられ、私は外に出た。

 すごい。首をすっぽり外気からガードするだけで、こうも暖かいなんて。

 それから、ふるさと海岸ってところに行った。近所なので前はよく来ていたけれど、一人では初めてだ。

 海辺の遊歩道を歩いていると、不思議な気分になった。散歩なんて、久しぶりだ。いつも歩くとすれば、駅までとか大学までとか、目的地があった。それに誰かといることが多いから、スピードは他人に合わせてた。だから、たどり着くべきところがなく、自分一人だと、どれぐらいのスピードで歩けばいいのかわからない。今はゆっくり歩いてもスキップしてもいい状況だけど……、マイペースってどんなペースだっけ。

 ふと空を見上げると、今日はとてもいい天気で、風もなかった。瀬戸内海は青くて穏やかで、対岸には小豆島がよく見えた。

「のどかだなぁ」

 石の階段に座り込んで、思わずつぶやいた。

 そっか、速さなんて気にしなくていいんだ。周りの景色を楽しむだけで。

 でもやっぱり、おばあちゃんも誘えばよかったかな。自分のペースで歩くのもいいけど、誰かに合わせたり合わせてもらいながら散歩するのも楽しいもんね。

「里沙ちゃん」

 振り向くと、そこには笑顔のおばあちゃんが立っていた。

「佩」とは

佩(ハク)とは、江本手袋が「喜び合える手袋づくり」を目指して取り組む手袋ブランドです。

職人を守り育て、地域の手袋づくり文化を未来へと受け継いでいくために、扱う素材、デザインの考え方、色展開、つくる量、手袋職人の社会的地位、そして地域との関係性など、これまでの手袋づくりの全てを見直しました。

江本手袋に勤める65歳の職人は、中学卒業からずっと手袋を作り続けています。

佩は、このような本物の職人たちの手仕事をお届けします。

佩はこちら →

他のストーリーを読む

VOL .7

手袋を仕立てに

VOL .10

娘のコーディネート

VOL .0

はじめに