VOL .36

うどん屋巡り

婚約指輪の替わりにもらったマウンテンバイクで、まさかうどん屋巡りをすることになるなんて、結婚当時は夢にも思わなかった。

 東かがわ市に夫と二人で引っ越してきてから、早くも2カ月。私達は毎週末、あちこちのうどん屋を訪ねている。結婚前、夫は蕎麦の方が好きだとか言っていたのに、会社の同僚に評判の店を聞いてきては誘ってくるのだ。おかげで私の体重は2キロ増えた。新婚特有の幸せ太りでなく、完全にうどん太りだ。

 それに、婚約記念品を買う際に2台買おうと提案したらあんなに渋ったのに、こっちに来て1か月もしない間に夫もマウンテンバイクを買った。最近は私より楽し気に乗っている気がする。前まであんなにインドアな人だったのに。

 結婚すると男性は変わるとか友達から聞いていたけれど、ほんとだった。悪くない変わり方だからいいんだけどね。でも、こうも振れ幅が大きいと、心がちょっとついていかない。

 しかも、最近は「うどんブログ」とやらも始めたようだ。「夫婦で仲良くうどん屋さん巡り!」って文字が遠目で見たパソコンのディスプレイに映っていたけれど、夫はうどんの写真ばかり撮っていて私にスマホを向けたことはほとんどない。ま、いいんだけど。

 夫はブログのことを私に話さない。リビングのテーブルで堂々と書いているんだから、隠しているつもりもなさそうだけれど。だから私は、知らないふりをしている。

「今日行ったうどん屋さん、ぼくの中では星五つだな」

 私達の休日の夜は、日中うどんをたらふく食べるせいで晩ごはんはほとんどいらない。なので、時間を持て余す夫はいつもこの時間にブログを書いている。

「そうだね。先週行ったところも、おいしかったけどなぁ」

「じゃ、優花は星四つってとこ?」

「うーん、限りなく五に近い四ってとこかな」

 止まっていたパソコンのキーボードをタイプする音が、再びせわしなく聞こえ始めた。もしかして、私の意見も反映されたりするの?

 寝る前に、夫が寝入ったのを見計らってブログをそっと覗いてみた。

「全部星五つって!」

 思わず声に出してしまった。

 初めて見る夫のブログ。これまで行ったうどん屋さん、全て最高評価だった。

 確かに、さすがうどんの聖地だけあって、香川のうどんはどこもおいしいんだけどね。それでも気になるのは、夫は他のものだとどれも五を付けるような人ではないのだ。蕎麦だと生まれ育った町のあそこの店が一番だとか、けっこううるさい。

 隣りから、むにゃむにゃと小さな寝言が聞える。そっと耳を近付けて聞いてみると……

「もう食べられないよ」

 また吹き出しそうになって、スマホを持った手で口をふさぐ。自分の夫がこんな漫画みたいな寝言言う人だったなんてね。

「幸せそうだなぁ」

 私の声に、夫は起きることもなく、そのまま穏やかな寝息を立て始めた。

「幸せだなぁ」

 こうつぶやいてみると、もっと幸せになったような気がした。

 私はブログに匿名でコメントしてみることにした。

 

“愛する人と一緒だと、何でも最高においしく思うんでしょうね”

 

 翌朝、夫はブログに初めてコメントが来たと、大はしゃぎだった。私は「ブログなんてやってたんだぁ」とか言いながら、ふふふと笑った。

「佩」とは

佩(ハク)とは、江本手袋が「喜び合える手袋づくり」を目指して取り組む手袋ブランドです。

職人を守り育て、地域の手袋づくり文化を未来へと受け継いでいくために、扱う素材、デザインの考え方、色展開、つくる量、手袋職人の社会的地位、そして地域との関係性など、これまでの手袋づくりの全てを見直しました。

江本手袋に勤める65歳の職人は、中学卒業からずっと手袋を作り続けています。

佩は、このような本物の職人たちの手仕事をお届けします。

佩はこちら →

他のストーリーを読む

VOL .20

ありのまま

VOL .21

汚れても大丈夫

VOL .22

すてきな朝ご飯